もはや何が目的なのかよくわからないブログ。
趣味・日々思った事つらつら書きます
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3月11日
が終わろうとしています。
去年の3月11日も、今日も
私は働いていました。
去年の今日を思い出しながら、
ゆっくりゆっくり
バイト先から帰っていました。
大地震が起きた後
生活はたしかに、変わりました。
私の家族、親戚で東北の人はいません。
でも、地震が起きる前と後では、
どことははっきり言えませんが
何かが大きく変わってしまった気がします。
私は今まで、インターネット上では
このことについてあまりふれませんでした。
それは私が、被災者の方などのために
ほぼ何もできていなかったからです。
そんな私に、無責任な発言はできないから。
私の周りでは、被災者支援のために
よく東北に行っている人が多くいます。
そのような人と比べたら、私はあまりにも非力。
東北にも、地震の前も後も行ってはいません。
そんな私にも
できることがあるとすれば
この、自分の体験した些細かもしれない出来事を
記憶しておくこと。
後世に伝えていくこと。
忘れない、ということが
大切なんじゃないかと
今は考えています。
今も私にできる事なんか
募金をしたり
観光で東北に行ったり(経済をうごかす?)
そんなことしかできないと思います。
でも…私たちひとり一人にも
何かできることはあるはず。
そんな風に考えて、明日も生きていきます。
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現在野性時代’07 1月号を読んでいる私。
そこに掲載されていた
田口ランディさんの『枯葉』が
今の私の心境に近すぎてちょっと衝撃
だったのでフレーズをメモメモ。
これだったら単行本買ってもいいと思ったのに
いくら探してもないんですよね~…
”…三日間ずっとそのことだけ悩んでいた。
突然電話したらどう思うだろう。
…もし、とてもタイミングが悪くて気分を害されたら、
嫌われたら、図々しい女だと思われたらどうしよう。”
”どうしても帰りたくなかった。
食事をしながら先生の仕事の話をぼんやりと聞いているだけで幸せだった。
その内容についてほとんどわからないことが多かったけれど、
それでも、先生が私に話してくれることはどんなことでもうれしかった。
だから一生懸命に頷いて聞いた。
ずっとそうしていたかった。
時間が止まってしまえばいいと思った。”
”先生は必ず私を最終で帰すのだ。
どうしても泊まっていってはダメだと言う。それはけじめだからと。
…私はいつも朝までいっしょにいたかった。
だけど、それをしてはいけないと先生は頑なだった。”
”逆に私が先生に聞いてみたい。
どうして先生は私みたいな子供を相手にしてくれるんですか?
先生、私といっしょにいてうれしいですか?
私はこんなに幸せだけど先生は私といて幸せですか。”
”大切だとも、そばにいてほしいとも、
そのような愛情を表現する言葉はいっさいなかった。
だから、私はいつも不安で不安でたまらなかった。
心ではわかってる。
先生がこの忙しい時間を縫って私と会っていること、それが全ての答えだ。
でも、飢えた子供は言葉が欲しかった。”
etc…
川上弘美さんの次は
田口ランディさんブームが来そうなこの頃。
最近はみくしやついったーなど
便利なものが増えましたね。
友達とのつながりが強くなったと
わたしは感じています。
けれど同時にちょっと
危機感もあるんです。
私の中では実はちょっとこれらのものが
こわいんです。
それに縛られてしまって
それなしではいられない状態になるのが
こわいんです。
私は自分のことを表現するのが
上手ではないのを自覚しているので
これらの中の”わたし”というものを
誤解されてしまう可能性も
多大にあると思うんです
(面と向かっても多分誤解されるけれど…)
けれど意思(志?)が弱い私は
結局折れて両方やってるんですけどね…^^;
…って語ってしまった;;;;
国公立展の絵もかかなきゃいけないのに!!!泣

